「それじゃ俺は向こうから直帰するから、戸締りよろしくな」
「うん、いってらっしゃい」
「行ってきまーす」バタン
「……」
「あーあ、今日も聞けなかったな……」
そう、今日も。
私はプロデューサーの誕生日にプレゼントをしようとしていたが、思い立って3日たってもなお贈り物を選ぶどころか好みの打診すらできずにいた。
仕方ないじゃない、恥ずかしいんだから。
「亜子とさくらはなんていうんだろ……」
事務所の鍵を閉めレッスンルームに向かいながら、頭の中で二人への質問をシミュレートする。
「普通に聞けばええんやないの?」
「りぴーとあふたぁみー、何が欲しいか教えてくださぁい♪」
「っていってもいずみやからなぁ」
「イズミンだもんねぇ」
「うるさーい!」
いけない、空想に怒鳴ってしまった。深呼吸をして気持ちを整える。
「普通に聞くっていったって、普通がわからないから困ってるのよ……」
「おやおや、困りごととは何事ですかな?」
「うわっ!?」
後ろから予想しない声がかかり、驚いて振り向く。
「なんだ、柚……」
「へへっ、柚ちゃんだよっ」
「今日はレッスン一緒の予定だったっけ」
「そうそう!レッスンルームに向かうのが見えたからなんか泉チャンがボヤいてたからさ」
そんなに聞こえるくらいボヤいてたのね……。自分の心の中が全部外に漏れてるんじゃないかとすら思ってしまう。
「なにか悩み?」
「あー、うん……今度Pの誕生日があるでしょ?普段のお礼も兼ねて何かプレゼントを贈りたいんだけど、なかなか話が切り出せなくて」
「なるほどなるほど、人間関係のお悩みはこのアタシにお任せ!」
「本当?」
「本当本当!この喜多見柚、解決してきたお悩みは数知れず……ってのは置いといて、まずは簡単な話から始めるのはどうかな?」
「簡単な話、かあ」
「そうそう!『コーヒー淹れようか?』とか『朝ごはん何食べた?』とかでもいいと思うよ」
なるほどね?
「いくつか質問してたら何が欲しいかも聞きやすくなると思うよ♪」
「そっか、まずハードルを下げるのか」
「ご名答!」
満面の笑顔で柚がこちらを見る。なんだか、本当に私でもうまくいく気がしてきた。
「ありがとう、柚。助かったよ」
「いえいえ!悩みもスッキリさせたことだし、ダンスレッスン頑張ろ〜♪」
「ふふっ、そうだね、頑張っちゃおう!」
大丈夫、明日こそはきっと上手く聞ける――。そんなことを考えながら、私は更衣室の扉を開けていた。
終
この記事は、大石泉すき Advent Calendar 2020 23日目の記事です。