「それでね、P」
この会話ももう五度目になるだろうか。
「さくらと亜子ったらね?」
ボイスドラマの収録のために訪れていたスタジオから戻る車の中。
「みんな普通に聞こえてる中で『イズミンのいいところを言っていこう!』って」
昼前からスタジオに入ってずっと現場で見ていたが、歌とはまた違った内容にかなり苦労していたようだ。
「ねぇ、Pったら」
「聞いてる聞いてる」
そしていま、疲れ果てた泉は助手席でふにゃふにゃと同じ話を延々と繰り返している。
「やっぱり疲れたかい」
「そうだね、疲れたよ……。声に感情を乗せるのは得意だと思ってたし確かにその点は褒められたけど……」
「心に響く歌は泉の得意分野だからな」
「ありがとう……でも臨場感に欠けるって言われちゃったのがね……」
歌にもシャウトやウィスパーなど表現方法は多くあるが、泉はシンプルな旋律と詞を声で歌い上げての勝負を得意としてきた。ヴォーカルレッスンもそれにあわせてロングトーンなどの基礎強化を重点的に行ってきたわけだが、今回それが裏目に出た形となる。
「まぁこれまであまりそういうテクニックは練習してこなかったわけだろ?」
「その通り。この仕事を取って来てもらってから技術レッスンも増やしたけど、さすがにまだまだ付け焼き刃でしかなかったわね」
「俺が仕事を取ってきたのもかなり直前だったからな……泉は悪くないよ」
「ううん、Pは仕事を取って来てくれたってだけでもう十分に頑張ってくれてる。それに応えられないのは悔しいから」
「……。ありがとうな」
そう呟いて、左手をハンドルから離して伸ばし、泉の頭をなでる。
「……」
普段しっかりしている泉が珍しく何も言わずになでられている。
「……いつもありがとう」
ポソッとつぶやく泉の声。
「おう、これからもよろしくな」
「うん……」
ちょっと湿っぽくなってきたが……ああ、そうだ。
「今日はもう遅いし、前に泉が気になってたレストランで食べて帰らないか?」
「……!そうだね、ここからなら近いし」
声のトーンがすこし戻ったな、このまま少し話を膨らませて店まで繋ぐか。
「遠慮せずに好きなものを頼んでくれていいぞ、今日は初収録お疲れ様会みたいなもんだ」
「やった!じゃあ私は――」
***
「ふう、ごちそうさまでした!」カチャ
「ごちそうさまでした」
「P、サラダとコーヒーしか頼んでなかったけど大丈夫?もしかして私の分のために……?」
「いや、そうじゃないんだ。ただもう年だな、遅くに重いものが食えなくなってきた」
「ああ……」
「というわけで、心配することはなにもなし。帰ろうか」
「うん、ごちそうになります」
「なーに言ってんだか。Pが担当アイドルのお祝いに金出さなくてどうするんだ」
「さてまた明日から頑張らなきゃな」
「そうだね、明日は今日よりも、来週は今週よりもずっと成長するよ!」
「よし!」
終
この記事は、大石泉すき Advent Calendar 2020 8日目の記事です。